昨日の出来事から私感

ライブドア新体制
堀江さんナキアトの新体制が発表されていた。新社長ほか幹部になった人たちの記者会見をワイドニュースで観た。その時、幹部が、「堀江を入れるつもりはない。」と言われていた。会社を存続し、多くの社員とその家族を守るための懸命な方策なのだろうと思った。きっと、心は、断腸の思いであったろう。

ワタナベツネオさんが、新社長を、『誠実な有能な人物』とマスコミにFAXを送って応援する意のようなものを伝えられたらしい。テレビの中で、「堀江を球団に入れなくてよかった。」と言い、堀江さんを応援した自民党を批判し、最後に、新社長を、「自分の子分だから。」と言われていた。とても気分のいい鷹揚な表情をされていた。

私は、堀江さんが登場した時、既成社会に風穴が開きそうな爽快な勢いと力を感じて、「ホリエモンは大人になったピーターパン!」と思ったのだった。・・・が、今、既成社会にあぐらをかく人たちの座を安泰にさせるだけになってしまったのだなぁ・・・と、うなだれている。

でも、天の下では、人も他の生き物も、永遠に同じ地平に生命をもらって生きている存在である。私は自分が、現実を生きる才覚がないことに苦しんで苦しんできているが、この永遠の地平で、ひとつの”点”として在ることに、しばしば大きな喜びを覚える。多くの生き物とこの地平を共有している、という実感の喜びである。それだけで生きていけることの喜びでもある。そしてそれはそこから、自分が何をすべきかを知っていくことの喜びでもある。
無才な私は、何もできないままでい続けるかもしれないけれども。(笑)

+安部さんの答弁
昨日の国会での、民主党議員と安部さんのやりとり。真実安部さんがヒューザーの社長と社長が言葉にしてきたような関わりがなかったとしたら、あの答弁はしごくもっともだと思った。
ヒューザーの社長の立場からすると、わらにもすがりたい時に、針を棒ぐらいに言って、なんとか自分を守りたくなるだろうし(それがいいと言ってるのではないですヨ)、その結果があのような発言になったのかもしれない。そこに名前を出されて、事実以上の意味を持たされたら、昨日の安部さんのような答弁になるのではないかしらん。
私は、真実の追究ということは、そうした経緯の中に生じるズレや方向が変わることもあることをわかって、細部に理解をする広さが必要だとつねづね思っている。人が口にする大切な価値観、”自由””公正””正義”などということは、そうした姿勢からしか手にすることはできない、と思えてならないのだ。
私は自民党も安部さんも支持等していないが、何党だろうと、何様だろうと、私のような点の存在だろうと、その人の語る”真実”に、胸を開いて向き合う姿勢が欲しい、とあらためて思う。人以外の生き物へもそうだよ。

+堀江さんと自民党
選挙の時、堀江さんを自民党が応援したというので、(応援と言うより、そこから出たようなものだったですね。)個人の名前もあげて批判がすごいけど、それはそうなんだけど、これって、今後はもう既成社会にくるまれて育った人しか人は認めなくなる、ということに繋がっていくんですね。そのことが暗澹!
(註:堀江さんが自民党の支援を受けて選挙に立候補した時、ゲッゲッゲゲゲでしたが。)