喜びがある

+高校生からのアンケート依頼 
先だって、私の郷里の村に(今は市になっている)近い八幡浜という市にある高校生から、アンケートに答えて欲しいというメールがあった。愛媛県出身の作家に依頼しているということである。私は作家と言っても、十余冊の単行本といくつかの雑誌、新聞などに短編を発表しただけで、しかも体質的にも実力的にもマイナーな人間なので、(私が応えても役には立たないゾ)と思いつつも、学校の授業に使いたいという主旨に協力しようと、簡潔にだが答えを書いて送った。すると昨日、清清しいお礼のメールが入っていた。
一瞬の郷里の若者との交流で、何か心が満たされる思いであった。八幡浜高校のOさん、Tさん、Sさん、Tさん、素敵な幸多い人生を祈っています。

トリノオリンピック
スポーツ観戦の好きな私には、毎日楽しい今である。一瞬に終わる勝負に、その選手その選手の思いやドラマがあるのを感じて、それが自分の中で感動になる。ひたむきに生きる人が好きだ。自分が出会った何かに挑戦する人が好きだ。挫折や負けや壁にくじけそうになっても、また挑む人が好きだ。
そして、挫折や負けや壁にくじけ、諦め、世界のどこかでひっそりと生きている人があるとしたら、その人こそ大好きだ。その人たちの、屈辱や自信喪失の悲しみは、きっとその人を鍛えている。誰にも、もしかしたら本人自身にもすぐにはわからないかもしれないけれど、それは真実の”何か”につながる天の恩恵に違いない。