第二十二回 光秀転落

時は今 天が下しる 五月かな(ときはいま あめがしたしる さつきかな)


私が子供の頃、祖母が人形浄瑠璃や芝居が好きで、よく私を連れて観に行ったものである。出しものは秀吉と光秀の登場するものが多くて、そこでは秀吉は姿かたちも品性も美しいヒーローとして描かれ、光秀は見るからに悪者、邪悪な存在であった。主君を殺し天下を狙う逆賊の光秀が、美男の秀吉に倒されると、劇場がわれんばかりの拍手で埋まったものだ。
私なども子供ながら光秀は自分が偉くなりたいために立派な殿様を殺したヤツだと信じて疑わず、忠臣の秀吉が仇を討つと、大人にまじってヤンヤヤンヤと手をたたいたのであった。


さてドラマはまさに光秀が主君を撃つ直接的な原因と、もはや誰にも止められない運命的な流れをみせて、ただならぬ臨場感を溢れさせつつ展開していき面白かった。
ここでの光秀は、私が子供の頃観た悪者ではなく、誰よりも頭脳明晰でものの哀れを解する品性高い人間であり、かつ朝廷を尊ぶ、彼こそ『主』に対して忠臣であった。その優れて冷静な視野を持ち、朝廷に忠節を尽くす人間であるからこそ、権力者信長に煙たがられ憎まれた。そう、信長こそ、「朝廷はいらぬ、我こそ王だ。」と宣言する『逆賊』だったのだ。
そこに、光秀の濃へのしのぶ想いと、その想いを、川土手にひそかな穴を開けて水をそちらに流すように導いた濃の微妙な心の変化が加わり、光秀はそれらを感受して内なる陰を一瞬に深めてしまう。・・・安土城の絢爛とした廊下を歩む中で刻々と表情をかえていった光秀(坂東三津五郎)に感動した。舞台だったら掛け声がかかるところだろう。
光秀が三津五郎で正解であったことを証しする回であった


ラスト、雨の中、魂がぬけたが如く歩く光秀とすれ違う六平太が、止どめを刺すように囁く。「あなた様が果たされるべきことを果たされませ。」
光秀は去る六平太を振り返りみて呟く。「時は今 天が下しる 五月かな」
残酷なシーンである。光秀は全てから裏切られる、それを示す場面である。六平太は、毛利が味方につく、とも囁いているのだが、歴史は光秀をひとりぽっちにさせ農民の竹槍で死なせるのだ。
天下を欲しかったのではないことは、このドラマの中では殆どの人間が知っているだけに、ここで見える光秀の運命は残酷この上ない。
いよいよ来週が楽しみである。


★千代(仲間由紀恵)・・・今回は、夫一豊の同僚の奥方、いと(三原じゅん子)やとし(乙葉)に手紙の書き方を教え、また戦地にいる一豊へは勿論、家臣の五藤吉兵衛(武田鉄矢)、祖父江新一郎(浜田学)や黒田官兵衛斉藤洋介)たちにまでねぎらいの手紙を送る、まさに賢夫人の様を見せている。


山内一豊上川隆也)・・・一豊は高松城攻めでも武勇をたてる。が、今回はその戦いの雄姿は、吉兵衛たちの実況中継で見せるに留まる。(この演出、結構おかしく面白かった)そして、先週買った名馬で駆け、秀吉の文を信長に届け、この折り、信長の光秀に対するむごい仕打ちを目の当たりにする。上川隆也は相変わらずの瑞々しさである。


明智光秀坂東三津五郎)・・・この回の主役。信長に満座の中蹴り倒され、一族の高僧を焼き殺され、耐えに耐える悲しい姿が痛々しい。だがそれを美しく魅せるから凄い。


★まき(烏丸せつ子)・・・光秀の妻まきは、光秀が信長に疎んじられ精神が追い詰められているのを、身近に感じ不安と恐れでいっぱいである。烏丸せつ子はそうした怯えのような風情を出して胸を打つ。


織田信長舘ひろし)・・・こんなあくどい信長みたことない。でもどろどろと見せないのがさすが舘ひろしである。歌舞伎役者の三津五郎の完璧な型に、独特の現代性で対抗して迫力がある。いいなぁ。


★濃(和久井映見)・・・先週まで濃は、光秀を誘う。それは濃の信長への空疎感や孤独感、寂しさ、そして光秀の人の心を解する深さを敬慕するものから出たものだろう。だが濃は苦しんだ末、信長の妻として生き抜くことを決意する。これがどれほど光秀に影響を与えるかを知らない。濃はこの残酷さに来週気づいて死ぬのだろうか。


★秀吉(柄本明)・・・攻め倦んでいた高松城を水攻めにすることを思いつくなど、秀吉の才覚の確かさを説得力ある演技とパワーで見せつけ、貫禄も出てきた。


★家康(西田敏行)・・・信長に食事を招かれ、光秀の接待を受ける。この席で、光秀が信長から辱めを受ける。さり気なく光秀を慰める家康。


細川藤孝近藤正臣)・・・ドラマとはずれるが、何十年前かの大河ドラマで、この人が明智光秀を演じられたのを覚えている。(信長や秀吉が誰の時だったかはさっぱり思い出せないが)あの時の光秀はぎらぎらした野心家だったような気がする。近藤正臣もかみそりのような鋭さがあって、前衛的な光秀だったと思う。


★六平太(香川照之)・・・今回は光秀に囁きましたね。ユダ。このユダはイエスと同等の力をそなえている。なんたって香川照之が演じるんだから、ね。