スイカをもらった

森の猫たちの食卓に、朝か夕方に私を待っていた(食事を待っていた、に訂正)Iさんちの犬のワンコが、このところ姿を見せないのでずうっと気がかりになっていた。
もう高齢になっているので、身体の健康が気がかりもあったが、この前、うちのリバーが鶏を殺してしまった家のお隣りだからだ。というのは、鶏のことで謝りに行った時、このお宅の方が、「隣りの犬は放し飼いになっている。毒をまいても喰わないんだよ。」と言っておられたので、毒にやられたのではないかと気になってならなかったのだ。その時、私は、「毒をまくのはやめてください。」と頼んだけど、私の言葉など耳の端にも届いてないだろう。
もうひとつの気がかりは、ワンコの家の人たちの犬を飼う感覚がわからなくて、手がかかるようになったら捨ててしまうのではないか、ワンコはどうかされたのではないか、と実はこれが一番心配だった。
ワンコは次々おなかが大きくなっていて、私の家にもその子供が数匹いると考えられることがあり、それで私は二年前か三年ほど前に、三回Iさんのお宅に行き、「子犬を捨てるのなら、生ませないほうがいいので、私が責任持つから手術をさせて下さい。」と頼みに行ったのである。
その時、そこのおばあさん、おじいさん、ご主人とそれぞれにお願いしたのだが、「うちの子供が子犬が生まれると喜ぶので。」と断られ、「そんなに言うなら、捨てようか。」とまで言われたのだ。ワンコがそんな目にあっては大変なので、私は諦め以後行ってなかったのだ。だから今回、リバーの件の後、姿が見えないことを、あれこれ気にしていたというわけなのだ。
(ヒマだね、と声が聞こえそうだけど、いいえ、だからヒマも心休まる時もないんですのダ。)


ついに私は、ワンコの好きな缶詰を一個とジャーキーを持って、Iさんのお宅に傘をさして行った。私がそこを通りかかると、いればいつもトットコ姿を見せていたので、それを期待したのだが来ない。
(やっぱりおかしい!)
私は広い庭に入り込み、裏庭まで入り込み、ワンコを捜したがいない。(私は猫や犬のためならこうした家宅侵入罪を犯す。もんくあっか?)
とうとう玄関に回りチャイムを押した。
すると、その家の若奥さんが出ていらした。私はこの奥さんにお会いするのははじめてだった。
びっくりした。素敵な方だったからだ。ワンコを通して、この方のご主人とご両親(ご主人のご両親と思う)にお会いしてきて、私はこの家の人は犬の飼い方がなってない、と思っていて、犬の飼い方がなってない人は見るからにそれとわかる人だ、と思い込んでいたのだ。(要するに偏見ですダ。)が、今日はじめて会った夫人は、実に爽やかな澄んだ目をした飾り気のない、そう、我が偏見の範疇にない、要するに人間として私のタイプだったのだ。
私はといえばそれこそヘンな格好をして(雨の中犬の世話をした姿のまま行ったから、びしょぬれのぼろっちいトレーナー、それもショッキングピンクのを来て、犬缶とジャーキーを抱えている。)いるし、Sと名乗れば近隣で知らない人はいないのに、名乗っても特別な反応をされなかったのである。たいてい名乗ると、『ああ、あの猫犬のSさん・・・』という表情をされるものなのだが(私もこうして偏見を受けている。お互い様ダス)、このIさんはいっさいの陰りを見せられなかったのである。
これに感動してしまいました。人間嫌いが一掃されそうなくらい。(ナンチャッテ、自分のこおてゃ棚にあげて、なおかつ起伏が激しい人間だなぁ、私は。)
それでワンコはどうしたのですか、と訊いたら、I夫人は、「もう年であまりあちこち行かなくなったんです。」と言いながら、母屋の隣りの二階建ての家のポーチ部分に私を案内して下さった。
「おおー、ワンコ! しばらくぅ♪」
ワンコは一回り身体が小さくなっていて見るからに老いていたが元気だった。
私を見ると、「あれ? 来たの?」とノソノソと傍にきてくれた。
缶詰とジャーキーを夫人に渡して帰ろうとすると、夫人は、「うちで作ったスイカを持って行って下さい。こんなにうちの犬に気にかけてくださって、ほんとに嬉しいです。私の気持ちです。」と大きなスイカを二個も下さったのである。


イカも嬉しかったけど、素敵な人と会えてほんとに嬉しかったよ。
今、冷蔵庫に冷やしている。夫と私の分を切り分けて、あとはご近所のいつもナスやきゅうりを下さる三軒の方に差し上げた。こういう頂き物は、福を呼ぶ。皆さん、雨は降ってるけど、いい日でありますように。