雨が降り続く

とにかく雨が続いて憂鬱です。大雨のために二十人以上の方が亡くなったり行方不明になられている。
この雨があがったら、今度はやりきれないほどの暑さが襲ってくるのかなぁ・・・そうなったら、天にも見放されてしまっているのではないかと思ってしまうかも。・・・なんて取り越し苦労はおいといて、今朝も雑感。


レバノン北朝鮮の動向
これが続けて報道されるのを聴いていると、まもなく世界の終わりにつながる戦争が起こるのではないかと、鳥肌が立ってくる思いがする。・・・こう書くと、他の国がそうしている、と思ってるようだけどそうじゃない。日本も充分加担している。一人一人の生き方も問われる正念場、とつくづく思う。
何はともあれ、あたふたしないで、こつこつと自分のやるべきことをやっていこう。


■昨日
『のんびる』の編集会議。少しづつ自分がやるべきことが形になって見えてきた。


■介護をしていた母親を殺した男性の裁判
サンケイでやってる『イザ!』というブログのニュースにこの裁判の様子を出していた。裁判の中で、母親を殺す直前の、母親とこの男性が交わした会話が出されたようで、それが書いてあった。

被告 「もう生きられへんのやで、ここで終わりやで」
 母親 「そうかあかんか。一緒やで、お前と一緒やで」
 被告 「すまんな、すまんな」
 母親 「こっち、来い康晴、こっち来い」(被告が母親の顔に額を密着させる)
 母親 「康晴はわしの子や。わしがやったる」
 この直後、被告は母親の首を絞め殺害。自身も、持参した出刃包丁などで首を切ったが、未遂に終わった。


号泣してしまった。明日は我が身という思いもあったが、それ以上にただただこの男性のここに至るまでの孤独感と不安感を思い、気の毒で気の毒でたまらなかった。


三日間夫が徘徊した三日目の夜、私は夫の姉に電話をした。何を話したいと思ったわけではなかった。ただ親身なものを欲していた。夫の姉は、「お医者さんに相談したら? 薬があるんでしょう? 私に言われてもねぇ・・・。」と言った。
電話を切った後、私は独り底知れぬ闇間に残されたような茫然とした思いにいた。
『人に頼ったら、生きる力を失う』・・・この思いは、介護法からもたらされることもある。なんたって、自分は安泰の人が作ってるんだもんね、とそんな虚無ももたらされる。


でも、夫の病気は誰のせいでもない。夫の姉のせいでも、介護法を作る人のせいでもない。人や制度に躓くのは私の甘えに過ぎないのだ。卑しい八つ当たりだ。・・・そう自分を戒め戒め頑張っている。そう頑張っている。
この男性が、自分を責める苦しみを克服される日がくることを切に切に心から祈っている。