夫の発熱 

一昨日、夕方頃から足がおぼつかなくなっていた。そして身体が右に右にふらつく。
『これはヤバイ! 脳梗塞の前兆症状か?』
熱をはかると7度7分ある。
『ひょっとしたら、肝臓や腎臓に障害が出たか?』
これまでの様々な経験が脳裏に浮かぶ。
だが、鼻水や咳の出る様から見るとごく普通の風邪のように思える。
それで、食事は消化に負担のないおかゆにして、とにかく早く休ませ、様子をみることにする。ただの風邪であれば、あまり大騒ぎしてはかえって重い病気と断定する方向にしてしまうことを経験から知っている。この場合は、しなくていい手術をしてしまうことになりかけない。
といって、大騒ぎすべき病気を楽観してしまっては手遅れにあることもある。
いざとなったら救急車を呼ぶつもりで、一晩中様子をみることにする。
汗の出方や熱の経緯から見ると、ただの風邪のように思えたが、薬は医師の診断の上でと思い飲ませなかった。


そして朝になって、筑波の脳外科専門の病院には行かず隣りまちの病院に行った。
今年の春にちょっと気になることがあってこの病院に行ったのだが、この時の若い医師の対応と姿勢に信頼を覚えていた。以後、できればこちらに転院したいと思っていたのだ。
昨日は迷わずここに決めて診断してもらった。
この日は三月の時と違う医師であったが、やはり熱意の感じる医師で、きちんとこちらの話を聴き、てきぱきと必要な指示を出して下さった。
レントゲン撮影、血液検査、尿検査をして、結局やはりただの風邪ということであった。


ほおっとして帰宅したのであるが、どうも私自身が疲労感ですっかり参っているのを自覚する。
危険なのは私の方だ、と実際に思う。
こうした夫の介護。三十匹を越える猫や犬(森の猫たちやよその家の、餌をもらっていない犬を含めると四十匹を越える)の世話。経済的な事情と、それのための仕事。
・・・これをこなすだけならいいのだ。私はやり抜いてみせる。


ひどくこたえるのは、人の故意でいなくなった猫たちへの可哀想さと、見つけてやることができない自責、悲しみ、寂しさだ。その上、森にまた新たな猫や犬が途方にくれていることだ。人が捨てに来たのは一目瞭然だ。こんなに大変な事情をかかえ、もはや虫の息に等しい状況に喘いでいる私に、尚背負わそうという人たち。この人たちは、私が多くのものを犠牲にしてこんな暮らしになってしまったこと、それが自分たちが捨て続けたものに起因することへの痛みなども露も持たず、尚なお、自分が慈しむべきものを私の肩に乗せに来るのだ。私が死のうと生きようとどうでもいいのだろう。・・・このことに本当に参っている。
その上、昨日は、以前に、津波の被害にあったまちの動物たちを救うためのカンパを送ったことのある団体から、続けてカンパを送るよう催促が来ていて、そのことがまたひどくこたえてしまった。
この団体に象徴されるように、何かの活動をする人たちの中には、自分たちの要求に応えるか否かのところで、人の善意や想いを裁定するものがいる。・・・このことに、心身が蝕まれるのです。何かが間違っている。
こうした活動や運動が、果たして真実の”救い”をもたらせられるのだろうか・・・とすら思う。このことにひどく心が疲れてならず、私は頑なに背を向けたくなることがある。はかられるための一切の支援はしたくない。だが、それでも支援をするば、何らかの苦難にあってる生き物を救えるかもしれない。背を向けることは、そうしたチャンスを放棄することだ。・・このジレンマは私にはとても重く、肩にのしかかってくるのだ。


神は、その人が背負えないものは背負わせない、と言われているそうだが、それはウソだね。ほんとに背負わせないのであれば、これほど、人が、自分や他者を殺してしまうはずがない。
・・・・・とは言いつつ、私は、自分の苦しみが神に背負わされたなど思っていない。
すべからく、自分の内がまねいたものであることを知っている。神は、そんな私を背負って下さっている。だからこそ、こうして”今”を生きていられるのだ。
・・・この出口が見えなくなった時、私は本当に危ないのだろう。


などウダウダ言ってるヒマはないゾ。今日もやるべきことは山ほどある。
それにしても、せめてサバちゃんが、自力でご飯をたべ、ミルクをなめてくれるようになったら少しは助かるのになぁ。サバちゃんは、生後一ヶ月は完全に過ぎて、発育は不良気味とはいえ、体重も四倍になったのに、いまだに哺乳瓶でミルクを飲ませ、小さな木さじで、ひとくちづつ食べさせないと食事をとらないのだ。あともう少しで手がはなれる。