<猫と雀と母>  作・プアマリナ

kazesk2005-10-27

それは、数年前にこの世を去った実家の雄猫が、まだ若く元気だったころの話です。
実家はマンションでしたが、少し変わった造りになっていて、猫は玄関(猫用ドアあり)から外へ出て、マンションの敷地を走り回り、敷地外の広大な竹薮をも我が物顔に走り回ることができる様になっていました。
かなり家族に甘やかされ過保護に育った猫でしたので、野良猫はもちろん、他のお宅の飼猫と比べてもかなりドンクサイ猫ではありましたが、そこはやはり捕食動物の末裔ですから、外へ出ると自分より弱い生き物を捕まえては家に持って帰ってきました。
バッタや、カエルや、トカゲや、カナヘビや、ヘビ(成蛇は無理なので子蛇)、ネズミ、そして鳥(カラスは見ただけで逃げるので雀やヒヨドリなど)。

猫が飼主に褒めてもらうために、捕まえたネズミなどを見せに来るという話があります。これは半ば本当だと思います。ただ私の感覚としては、猫は飼主より自分の方が偉いと常々思っている節があるので、褒めてもらうためというよりは、「ほら、お前たちも、この獲物を使って狩りの練習をしなさい」と言っているように見えました。
要するに、我家の猫は、外で捕まえた生き物は殺さずに、逃げる力を奪わないようできるだけ無傷で、家に連れてきたのです。

ところでこの猫が、自分の一番の手下だと思っていたのは、私の母でした。母が主に猫の世話をしていたからでしょう。また我家ではただ一人の女性だったということもあるでしょう。
ちなみに、母ですが、人間以外の動く物、つまり生き物が大の苦手でバッタでさえ顔を背けながらしか触れない人です。この猫だけは、拾ってきた時にあまりに赤ちゃんでしたから、情にほだされて可愛がっていましたが、猫が捕まえてくる生き物には閉口していました。
それなのに、猫はいつもいつも一番の手下の元へ、誇らしげにトカゲやネズミを持ってくるのです。
母がトイレのドアを開けたら、ピョーンとカエルが飛び出し、腰を抜かしたということもありました。手下の手下(つまり私です)が、家に帰ってくるまで、大抵は玄関口辺りにトカゲやトカゲの尻尾やネズミなどが蠢いていました。

そんなある日、猫は、まだ巣立ったばかりと思われる雀を捕まえてきました。
それまでにも、何度か鳥を捕まえてきたことはあるのですが、ドンクサイ猫でしたので口にくわえた鳥を床に置くのです。床に置かれた鳥は当然飛びます。一頻り家の中をけたたましく飛び回り、恐怖のためか大量の糞を撒き散らし、やがて家人の誰かが開けた窓から逃げ去っていくのが、いつものことでした。
ところが、その日の雀はまだ飛ぶ力が弱く、母が玄関を開けて逃がしたものの、すぐに地面に降りてしまいました。
それを見た猫は、猛然と鳥に飛びかかっていきます。
その時でした。日頃は猫に甘すぎるぐらい甘かった母が、烈火のごとく怒ったのです。
「こら! 一度逃がしてやったものを、また襲うような、そんな騙し討ちの様な卑怯なことをやったらあかん!」と、猫に一喝。騙し討ちって…。卑怯って…。
鳥にも逃げられ、手下には叱られ、猫はしばらく怒りまくって暴れ回っていましたが、その後は鳥を捕まえてくることがなくなりました。
母の言葉が身に染みたということではなく、たまたまそれ以降、鳥を捕まえられなかっただけかもしれません。それとも外でこっそり食べてしまってから、家に帰ってきていただけかもしれません。
ただ、それ以降もトカゲやなんかは、しょっちゅう持って帰ってきましたので、「鳥だけは怒られる」と思っていたのではないかと、私は思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
童話作家のプアマリナさんから、こんな素敵なエッセイをいただいて、本当に嬉しかったです。猫が生き生きとして、フンガフンガとした息づかいや毛並みが見えるようですし、面白かったぁ。ラストの母の一喝の場面、思わずこちらまで、「ハイッ! ごめんなさい!」と神妙になっちゃいました。

<プアマリナさんのブログは、ここのリンク集『プアっすプアっすWeblog』です>
<猫のアイコンは、「ごろんた倶楽部」のPAROさんの素材です>