真実はいかに闇に隠しても

昨夜、相棒『冤罪』の感想を書いたが、一番書きたかったことを忘れていた。
劇中、右京さんが言う。「真実はいかに闇に隠しても、いつか必ず白日のもとにあらわれる。」
この言葉は、私は実は支えともしている言葉であった。無防備に、しかも自分なりの、極上によく言えば”信念”、普通によく言えば”価値観”、私に合わせていえば”頑固頑なな”というやつに従って生きている私は、真実よく”冤罪”をかけられる。明らかに”陥れられる”ことすらある。私がもう少し思慮深く賢く誠実に対応すれば避けられたり、すぐに真実が明白になることもあると思うのだが、いかんせん私は短慮なバカ者である。思慮浅い言動をして、尚自らの傷を深くしたり、私の理解者だった人にまで背を向けさせたりしてしまうところがあって、結局、『真実は必ず心ある人にはわかる。』などと思うことで自分を押さえ込んだりするのである。本当に疲れる生き方しかできない私である。
こんな私の『真実は・・・・・』というのは、ただの自己慰撫でしかないこともあるが、でも真面目に言うと、この言葉はとても重く尊い

そこで『相棒』だが、この言葉を、水谷豊は深い意味を持たせつつ実にさり気なく言える役者なのだなぁ、と感歎したのである。