脳梗塞で障害を持った夫を焼殺した介護者の妻

この事件のことを報道で知った時、真っ先に思ったのは、”介護していた妻がどれほど追い詰められていたか”ということであった。正直に言うと、焼き殺された夫を悼む気持ちはすぐにおこらなかった。
介護する仕事そのものはたいしたことではない。排泄や食事や入浴など全てに介助が必要としても、そうしたことは日常の流れの中に自然に身についてくるもので、介護者は確かに忙しく休む間もない大変さはあるは、心までを蝕むものではない。
だいたい人間が人間を殺す、あるいは自分を殺すしかないほど思いつめる苦しみというのは、”心””気持ち”を蝕まれるところにある、に尽きる。どんなに作業や仕事そのものが大変でも、”心”や”気持ち”が満たされていればどってことない。貧乏も同じ。お金がなくても、夫婦がお金がない不自由を互いに支えあっていられれば、何でもないことだ。(育ち盛りの子供がいるとか、餓死するほどの状況ということになると、また違う問題がそこにあって、こんな暢気な言い様におさめてはいけませんが。)


う〜ん、私は何を言いたいのだろう。いや、言いたいことはわかっているのだけどうまく言えないな。
例えば、私は今日、夫を三泊四日のショートスティをグループホームにお願いした。
夫はそれを嫌がっているのがわかっていた。
でも、我が家の経済状況や、私の精神は今や逼塞状態であって、それにずう〜〜〜〜〜〜〜〜と耐え頑張ってきた。このままではどうにもならない。作品が書ければ、まず精神の逼迫は救われそうだし。経済も助かるし、また童話作家として生きたい自分の願いも満ちてくる。だがとても書ける状況でない。私が有能であればこんなことはないのだろうが、私の力ではなかなかそれが出来ない。この世界についていけない、何か違う、嫌だ、インチキだ、という子供めいた拒否感も強く・・・そう、一番の私の壁はここを乗り越えられないことなのだ。・・・この苦しみは深く、私は子供の頃自分を支えてくれた”童話”に対して、自分の全部をこめて童話を書く、という恩返しが出来ないのだ。この自覚がまた私を苦しめるのだ。


あ、また横道にそれてしまった。ま、いろいろあって、私は認知症の夫と少しでも心満ちた生活をしたいと願い願い願い、このたび思い切ってある雑誌の記事を書く仕事にトライしようとしているのである。
やるからには、自分のできうる限りのものを打ち込んでやりたいのだ。夕べ夫が徘徊したから書けなかったっす、というような言い訳をする仕事はしたくない。
そこで、考えに考えて、月に一回、三泊四日ぐらいのショートスティを利用しよう、と決心した。
夫は憮然としている。その夫に頭を下げて頼む。
「今の私たちには、これが必要なの。自分が殿様でいられた日は終わった、と知らなくてはならないの。私があなたをショートスティに頼み、外に仕事を求め、その機会を得たのは、まさに天の救いと知るべきほど、私たちは窮しているの。経済も精神も。私はあなたとの生活を、このままやすやすと滅びていくだけを待ってるようにはしたくないのよ。あなたは、こうなってしまったのは、私が置いていかれる猫や犬をみんな救うからだ、と責めたいでしょ。それは当然よ。実際、そうだったんだから。でも、今更、そう言ってみても、捨てに来た人たちを恨んでみてもどうしようもないのよ。恨むくらいなら、自分でやるだけのことをやるのよ。そういうことなの。だから、月に一回、ショートスティを許して協力して欲しいの。」


夫は頑と黙したままだったが、みるみる目が充血して涙が滲んだ。その夫を車に放り入れるようにして乗せて施設に行った。
・・・・・書きたいことはここからにあったが、止めようと思う。書いてはいけない躓きもある。
とにかく、
私はわかっている。自分の至らぬことを。全てわかっている。だから毎日が苦しい。
・・・この限界がいよいよという時、どのような形になるのか、介護者が起こす事件や悲惨な話を見聞きするたび我が身を振り返る。
人が、それが見知らぬ人であろうと、耐えられず滅びてしまった人が・・・可哀想で可哀想で可哀想でならない。ああなる経過の中であの人はどんな絶望や怒りや恨みや憎しみがあったか、それを持たせるものがあったのだ。天はなぜ「私がかわろう」とわかるように持ってあげなかったか。それともその天の声が掻き消えてしまうほどの”何か”がこの世を覆っているのか。


いやぁ、結局書こうとした自分にとっての躓きを書かなかったので、何を言いたいのかよくわからない日記になったけど、つまり、こうやって挫け塞いでくる心や気持ちを奮い立たせている、ということですド!


付け足しのようにとれるかもしれませんが、ご夫妻のために心から祈ります。何らかの救いがあることを・・・。