曇天 日曜の朝

■おーい、安住さ〜〜〜ん
日曜の朝は、なんたってラジオの『安住紳一郎の日曜天国』。ところが、放送がはじまったというのに安住さんの声がない! 遅刻! ほどなく登場した安住アナ、もお汗ダクダクで平身低頭。いえ、見たわけじゃありませんが、多分こうだろうと。
でも、大山のぶよさんを迎えてのドマエモン談義が楽しかったのでユルス。(リスナーはエラソーなんだ♪)


■日本、泥棒にも相手にされなかった?
ドイツにW杯レポーターとして行っていたキャスターの小倉氏。ホテルで泥棒被害にあったとか。小倉氏、かんかん。買っていた各国のユニホームがごっそり盗まれた。日本のユニホームだけ、無事だったと、そのことに怒っていたのだ。「なんで日本のユニホームだけ置いてった!」


■ワンちゃんの死
私が2001年からずうっと気にかけ続けていた火のみやぐら横の家のワンちゃんが死んだ、という電話。
2001年のあれは何月だったろう、三鷹にミュージカルの練習に通っていた頃だったが、庭の片隅で、くさりでつながれたまま餓死寸前のようになっている犬を見た。以後、その家の人に気づかれぬように、夜陰にまぎれてこっそりと食事を運びつけてきた。
そのワンちゃんが死んだ、とそこの奥さんから知らせがあったのだ。私が餌を運ぶのを迷惑に思っておられただろうが、死んだという知らせはしておかなくては、と思われたようだ。
だが、一抹の腑に落ちない思いが・・・やめよう。あれこれ詮索するようなことは。
薄幸なワンちゃんだったと思えてならないが、そんなはずはない。あの家には男の子もいた。きっと愛されていたはずだ。


■ハナちゃんの死
近所のNさんのうちの、シェルティの雑種のハナちゃんが死んだ、とやはり奥さんから聞いた。Nさんは、「Sさんにはお知らせしなくてはと思いまして。」と言われた。特にお付き合いがあるお宅ではなかったのだが、動物たちのことで私が気にかけているのをわかっておられ、姿がなくなったことを心配するかも知れないと、知らせて下さったのだろう。もしかしたら、悲しさをほんの少しでも共有されたかったのかもしれないと思った。
ハナちゃんは、家族の皆さんから可愛がられていたのを知っている。幸せな生涯だった。


ひのみやぐらのワンちゃんとハナちゃんの冥福を祈りたい。


■W杯惨敗をまだ引きずってるのかなぁ
ほんとのこと言うと、私は初戦の時に、贔屓の選手が金縛り状態になっているような気がして、そのことが私自身のプレッシャーになっていた。(ヘンな感覚だけど)その金縛り状態から『抜けてくれー!』と祈っていた。
でもついに信じられないほどのナンジャクを晒して終わったことに、目や耳を塞ぎたい気持ちであった。私が感じていたことを、他の誰も気づいていませんように、なんて気持ちがあったくらいだ。でもそんなわけはなく、じょじょにその選手への失望の声が大きくなっていく。・・・それを承知で、この選手が今の惨めを克服して確かに大きくなっていくことを祈っている。応援していく。


それにしても中田ヒデは特別だ。彼の素質に追いつく者などいない気がする。人間としての成熟度の完璧さ、あれは努力してのなれるものではないだろう。
俳句界の天才、革命児、夏石番也さんがかって、「空を飛んでいて振り返ると、誰もついてきていなかった。」というようなことを、書物で読んだのだったか、講演で聴いたのだったか、言っておられたことがあるけど、中田選手はまさにそんなところにいるのだろう。
どんな分野にいかれても、世界のリーダーになられるに違いない。


それにしても、それにしても、サポーターというのも、自分を問われるもんなんだな、とつくづく思う。ネットで、ほんの少し他者の意見を見てみようとしたが、「コイツ、ナニサマノツモリダ!?」とうんざりすることもあって、すぐに止めた。まるで集団ヒステリーのリンチというやつ。イラクへ行ってバッシングされた三人の人たちを思い出した。


ところで、自分のささやかな体験を挙げて恐縮ですが、中学生の時、少しソフトボールをやって、校内対抗や町内対抗に出たことがある。
私は身体が小さく痩せていて、力はないので長打はあまりないけど、殆ど三振をしないこと、守備は外野だったのだが、殆どボールを取り損ねないことで結構頼りにされレギャラーになっていた。
ある町内対抗の時だ。この試合に勝てば、もうひとつ大きな大会に出られる、ということがあった。ま、勝てばW杯の決勝戦に出られるって試合ですダ。
試合前から、ガチガチだった。守備につく時は、<うちのところにボールが来ません様に・・・>とだけ祈っていたし、そして、ラストの回、1点リードされていて、2アウト、ランナー2塁、というバッターボックスに立った時など、チームのことなど考えもしなかったよ。ただ、自分がラストバッターで終わるようにはなりたくない! とのみ。
結局、内野安打でラストバッターにはならなかったけども、二塁ランナーを三塁に進めることもできず、そのまま負けた。悔しかったし、みんなと大泣きしたけど、ほんとのこと言うと、自分は一応安打だったので、そのことをすごく安堵していた。・・・ほんと情けない恥ずかしい私である。今ならもう少しマシだろうと思うよ。随分長い時間をかけて、やっとほんのちょっとマシになった、ということよ。


思うに、中田ヒデなんかは、子供の頃からマシな人だったのだろう。他の多くは、その人なりの時間や経験が必要なんじゃないかな。・・・そんな気がする。


で、私は何を言いたかったんだろう? ま、日曜の昼はこんなもんよ。


俊輔、めげるな! 人は強くなれる!