広島ドッグパークに関する今朝の報道

先ほど時間を見るために布団を片付けながらテレビをつけたら、広島ドッグパークに関する報道をやっていて、思わず作業の手を止めて観た。昨日、東京で会った人たちと話題になったばかりだったこともあり、また今後の動物のことに関わってくる問題なので気になるのだ。


報道は、アークエンジェルが、多額に集まった寄付金をどうしたのか、という疑問に立ってのことのようだった。特に、代表の林氏に対して何らかの疑惑をもっている視点に見えた。
私は、本当に落胆のため息が出た。
落胆したのは、林氏やアークエンジェルに対してではない。あんな普通では考えられない大仕事をした人に対して、わずかの時間を経た今、こんな心無い仕打ちをするか!? という落胆である。


私は、近くに捨て置かれる犬や猫を救うだけでしかなく、現在は犬が18匹、猫が20匹という状況であるが、それでも、さまざまな不備をおかしてしまう。私は一切カンパは受け付けないので、お金にまつわる不備をおかすことはないが、それ以外のことで人が悪く見ようとしたらそうなる数々を露呈させ続けている。
実際、清掃が行き届かないことなどで、近隣の人の悪口の餌食になっているし、こちらの不備ではなく、中傷する人の想像で、事実無根のことを、さも見たように言いふらされていることもある。例えば、うちで生ませて捨てているとか、拾った猫や犬を拾うのは何らかのお金になるのだろう、というようなことである。書き留めるのも悲しくなるような、もっともっともっととんでもないことを言われていることもある。
一時、このようなことを耳にしたり、五感が感じたりすると、抗議のために焼身自殺を決行してやりたい、と思いつめたこともある。本当に本当に本当に、人の中には、真実を洞察しようとは思わない、ただただ己の卑しい根性のまま、他者のすることに、心無い愚かな浅はかな見方しかしない人間がいるのである。(これは、動物問題に関わることに限らない。何をやっても、他者を貶める人は必ずいる。また、貶めるつもりはなく、他者の言動を、自分の価値観に合わせてのみ見て、その人の真実の思いや気持ちとかけ離れた理解をし、結果的に、人を悪者にしてしまうことも起こることがある。)


こうした私自身の体験から思うのだが、林さんが、あの惨状を知って、「これは助けなくては!」と思い行動にうつされた、その魂は、真実尊い純粋なものであったろう。だから、あれだけの犬を、地獄から救い出せたのだ。
この過程の中で、やらなきゃいけないことが1000生じたとしても、1000全部を完璧に果たすことは無理だ。人間なんだもの。神でもスーパーマンでもない、ただの人が、救いたい! という魂に突き動かされて行動したのだ。彼のやるべきことは、1000の中の、たったひとつ、”救う!”ことであったろうし、それでよかったのだ。だから救えた。
終わってみたら、999の不備が、そこに露呈していた。
・・・これって、当然でしょ?! あそらく、あの救出をしている最中は、その日その日を懸命に送り、必死であったろう。お金が必要になれば、とりあえずそこにあるものを使ってしまうこともあったかもしれない。今は、犬たちを一匹でも早くらくにしてやりたい、早く助けてやりたい!!! この気持ちに終始するだけで日が過ぎていったろう。ほかのことは、どうでもいいやり方になったかもしれない。
・・・当たり前よ! ただの人間が、580匹もの痛ましい姿の犬を目の前にして、他の雑事やお金の管理を一円もたがわずやろうとできることではない。もっとはっきり言えば、多少の使途不明のお金があったって当然だ、ということ。人から何か言われないように、お金の管理などをカチカチ気にしていたら、犬たちは救えなかったでしょう、ということ。
あの行為は、いっさい間違いをおかさないようにしようとしたやる、準備に時間をかけたイベントと違うのよ!
突然、はじまったことよ! 事柄によっては、とりあえず、とりあえず、これで、という形に進んだことがあったとしても当然でしょ!?


そこに生じた不備が、犬たちが一応落ち着いた今見えたからと言って、今度はまるで犯罪者のように責め立てる。
この仕業はなに???


人間のその行為が大きかったからこそ、さまざまな人間が関わり、実際、関わってきた人人があったからこそ成就する。だがここに、人間が持つ宿命のひとつが生じる。・・・10の魂が集まったとしたら、10の魂はひとつに集約せず、10の魂がそれぞれ求めるものにそって飛び散る、という宿命である。
あの犬たちを救い出した、他の誰もができなかったことを成し遂げた人が、今、この宿命に苦しめられている。・・・そんな気がする。
多分、この宿命は、神も認め許しておられることなのだろう。


テレビの報道によると、今日の午後、林氏の会見があるという。
林さん、昨日も書きましたが、私は、何がおころうと、何を知らされようと、あなたがあの犬たちを命がけで救われたことを、永遠に忘れません。感謝と尊敬を持ち続けます。