第三十二回 家康の花嫁

今回は、秀吉(柄本明)が、家康を上洛させ自分の下になったと天下に知らしめたいがために、「天下万民のため」と称して妹旭姫(松本明子)を家康の妻とする物語。
このエピソードというか史実は、いろいろな形でドラマになっている。
旭には夫がいるので、その夫と離縁させるわけだが、ここにさまざまな想像や推測がわきおこり、離縁させられた夫が切腹したり、落ちぶれていったりというドラマが生まれてきたのだ。
この功名が辻では、夫、副田甚兵衛を野口五郎が演じている。
秀吉は甚兵衛を呼び出し、「離縁してくれたら五万石の大名にしよう。これは上意じゃ。」と言う。甚兵衛の驚愕と無念の表情。実は甚兵衛は、旭と結婚するにあたっても、「上意じゃ。」と押し付けられたのだ。この時は、秀吉の責任で当時の旭の夫を戦場で死なせてしまったので、旭へのとりつくろいのような副田と旭の結婚であった。副田にしたら、人間の心を踏みにじって、家族も誰もただ政策の道具にしていく秀吉だ、としか思えない。
しかも、今回の離縁という上意は、結婚させられた時より思うものは深い。副田と旭は、いまや心の通じ合う互いを必要としている夫婦となっているのだ。
副田甚兵衛はいつもは人の善いだけの頼りのない男、と秀吉は思っている。だから、五万石の大名にすると言えば、甚兵衛はほいほいと離縁を承諾すると思っていただろう。
だが甚兵衛は、「お断り致します。」と放つ。
そして城から出た時、城を振り省みて叫ぶのである。
「関白秀吉! 聞こえるか! ただでもっていけーっ!」


旭の方も勿論こんな話にうんと言えるわけはない。当然断る。だが、寧々こと北の政所(浅野ゆう子)の冷たい視線とともに、「甚兵衛さまは五万石の大名と引き換えに承諾なさいました。」、また「母上(菅井きん)も天下のためならそれもしょうがない、と承知されました。」という言葉に、絶望感に打ちひしがれてうんと頷いてしまう。
そして旭は、そのまま大坂城に留まらされ夫の甚兵衛とも会えぬままとなったのだが、千代を呼び、甚兵衛への手紙の代筆を頼む。
「じんべえさ、おらは、じんべえさが生きておる、と思えば生きておられるだ、だからどうか、死なないでくろ。」

こうして悲劇の旭姫は、家康(西田敏行)のもとに輿に乗って嫁いでゆく。旭の行列を見送る城下の人々にまじって、哀しげな色を湛えた目で見送る甚兵衛の姿もあった。
旭は嫁いだ夜、家康に会う。緊張しておののいてるかに見える旭に、家康は言う。
「農作業をしてして四十三の年より老けておる、という者がいたが、そんなことはない。かわいい・・・目が・・・かわいいのぉ。」
恥じらいほっと緊張のとける旭。


旭のこうした犠牲も効なく、家康は上洛しない。焦った秀吉はついに、母なかを家康のもとに出す。旭についで母も人質に出したのだ。
家康は母は偽者ではないかと疑って迎えるが、旭となかの再会を目の当たりにして疑いは晴れる。そして家康はついに上洛し、秀吉に臣下の礼を見せるのである。
この場面は、相変わらずの秀吉の裏工作もあり、それに全部屈するとみせておきながら、秀吉の戦を指揮を象徴する羽織を所望して己の存在を秀吉と天下に見せ付ける家康に軍配があがる。
秀吉は、羽織を所望され内心うろたえむっとするが、「私が秀吉様の下になったからには、もう秀吉さまを戦に出させることはない。全部私が引き受ける。」というようなことを家康は言って、秀吉を懐柔するのである。


世はこうやって平和になった、かに見える。多くの名も無き人々の魂と心と生命を足下に踏みつけて築かれた平和である。・・・現代は、いまや世界に決定的な亀裂が走りかけ、歴史が築いてきた儚い平和が脅かされている・・・ナアンチャッテ、これは余談ですダ。
というわけで、旭姫の独壇場であった今回の功名が辻でした。
山内一豊上川隆也)は旭との結婚の話を家康に持っていき、了承させるという大役で登場しているのだが、残念ながら影は薄かった。千代(仲間由紀恵)も、寧々から、旭を説得してくれと言われ、旭を逃がそうとするなどがあったのだがやはり影は薄かった。あまりにメルヘンだからである。ここまで千代を現代にあわせた正義の人にしなくてもいいのではないかと思ったヨ。旭が、「おらが逃げたら、千代さが殺されるべ。」と逃げなかったからよかったものの、ここで。「それじゃあ、お言葉に甘えて。」と夫とともに逃げたら、このドラマ終わるゾ。